『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第七章 開かれた世界から

第6節 何が曖昧なのか

その三 文形式@中の-ed分詞句の特性


〔注7−65〕

   本文に挙げたような、文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)第六章第4節「その三」参照)中のed分詞句の場合、直接的条件を表すif 節[7−38]参照)に置き換え得ると感じられるような事例は極めて稀である。「if + -ed分詞句」という形態は時たま目にするし、文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)第六章第4節「その五」参照)中の-ed分詞句の場合には、直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられるような事例は、稀であるにせよ、目にすることはある(文例は[7−66]参照)。こうした事情はこの形態の-ed分詞句にはその暗黙の主辞の通時的属性の一端が展開される頻度が相対的に高いということと無関係であるとは考えにくい第六章第4節「その四」及び[6−27]]参照)

   文形式@中のed分詞句で、分詞句に展開されているのはその暗黙の主辞について現に語り得る(と話者に判断されている)というよりむしろ、語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端であると判断し得るような事例――直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられるような-ed分詞句である――を『ヨルダン・タイムズ』の論説に一例だけ見かけた(以下の文例A参照)。言語的脈絡(即ち、以下の引用文例Aについて言えば、当該の発話を含む記事全文)及び非言語的脈絡(即ち、その記事に関わる情報の内、私の知識の広がりの範囲内にあるもの)をもとに慎重に検討したのである(「脈絡」については第一章第4節。私の体験の範囲内では極めて稀な例であるがゆえに直ちに用例集に収めた。私の用例集には、文形式@の-ed分詞句の用例が約二百例収められているが、直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられる事例はこの一例だけである。この種の分詞句を見かければ、希少な事例であるがゆえに優先的に洩らすことなく用例集に収めてきたことを考えると、以下に示す-ed分詞句の例は、控えめに言っても数百例に一例見出せるどうかというほど出現頻度の低い例であると判断している。なお、文形式@中の-ing分詞句の場合、分詞句に展開されているのはその暗黙の主辞について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端であると判断し得るような事例は今のところ一例も見出していない。

   以下に挙げる文例@では、分詞句"working within coalitions"に「連合体の枠内で事に当たれば」という日本語を当てていはするが、分詞句の正体は"if it works within coalitions"というよりむしろ"which is/has been working within coalitions"である(名詞を制限的に後置修飾する分詞句、特に-ing分詞句に関するガPEUの記述については[1−14]参照)。敢えて直接的条件に相当する要素を見出そうとするのであれば、それは分詞句にというよりむしろ「特別の状況下にある"American power"」即ち「(言語的及び非言語的脈絡によって)特定されている"American power"」に、具体的には「現在NATO諸国と共同して事に当たっている(ような)アメリカの力」に潜んでいる (「特別の状況下にある〜」という点については第五章第3節の文例(5−3)をめぐる記述参照。「特定」については第一章第4節及び[1−39]参照)。「アメリカの力」について常に、「民主主義的価値観を前進させ得る」と語りうるわけではない、即ち「民主主義的価値観を前進させ得る」は「アメリカの力」の通時的属性ではない、と話者は判断しているのである。ただし、「アメリカ」(固有名詞)に置き換えてもなんら差し障りの生じない「アメリカの力」に「現在NATO諸国と共同して事に当たっている」の如き限定的修飾要素を添えることは出来ない。英語では、「アメリカ(の力)」については、時に「一国行動主義的であり」、時に「国際協調を重んじる」などと語り得るとしても、「一国行動主義的なアメリカ」「国際協調を重んじるアメリカ」などと語り得るわけではない(固有名詞の使用原則については[1−18]参照)

@
Liberals should affirm that American power, working within coalitions, can advance democratic values, as in Bosnia and Kosovo -- but they should oppose this administration's push toward war in Iraq, which is unlikely to work out that way.
〈自由改進派が主張すべきは、アメリカの力は、連合体の枠内で事に当たれば、ボスニアとコソボでのように、民主主義的価値観を前進させ得るということである。しかし、自由改進派は、この政権によるイラクでの戦争の売り込みには反対すべきである。その戦争はそうした形でうまく行きそうにはない。〉
(Liberalism's Patriotic Vision By TODD GITLIN, The New York Times ON THE WEB, September 5, 2002)

   Curmeは次のような例(以下の二番目の文例)を挙げており、これと(ほぼ)同一の文例を、中原道喜『マスター 英文法』(p.424)、山口俊治『全解 英語構文』(p.148)、荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』(participial construction[分詞構文]の項)にも見出せる([7−71]参照)。

'This thing, happening (= since it happened ; past indicative) at the right time, has helped our cause' また'This same thing, happening ( = if it should happen ; past subjunctive) in wartime, would amount to disaster.'
(CURME, Syntax, 48-2)(下線は引用者)
   以下は『ヨルダン・タイムズ』に見かけた文例である。以下の文例中の「カンマを伴う-ed分詞句」は、不特定多数の人々の目に触れるような文章の書き手であれば、"if"を加えることを怠るべきではないような-ed分詞句である。

A
The crown prince's initiative, endorsed by an Arab summit, would make a powerful statement.
〈皇太子のその提案は、アラブ首脳会議で支持されることになれば、説得力ある声明となろう。〉
(注)the crown prince : サウジアラビアの実質的統治者アブドラ・ビン・アブドル・アジズ・アル・サウド皇太子[Saudi Arabia's crown prince, and de facto ruler, Abdullah bin Abdul Aziz al-Saud](An Intriguing Signal From the Saudi Crown Prince By THOMAS L. FRIEDMAN, The New York Times ON THE WEB, February 17, 2002)
(注)initiative : 著名なコラムニスト、トマス・フリードマンがDear Arab League (By THOMAS L. FRIEDMAN, The New York Times ON THE WEB, February 6, 2002)の中で提議したのとほぼ同じ内容の中東和平案であると伝えられている。フリードマンの提案の骨子は、「イスラエルと全アラブ世界との全面的和平の代わりに国連決議第242号に沿っての完全撤退(1967年6月4日の停戦ラインまでイスラエルが全面撤退すること)[Full withdrawal, in accord with U.N. Resolution 242, for full peace between Israel and the entire Arab world.] 」(ibid)。
(The impact of Prince Abdullah's initiative by James J. Zogby, Jordan Times(Jordan), Tuesday, February 26, 2002)

   別の箇所には次のような一文がある。

B
The Saudi crown prince's proposal, if elaborated into a comprehensive approach to peace, can provide that impetus. (ibid)
〈サウジアラビア皇太子のその提案は、練り上げられて和平への包括的手引きとなれば、(様々な中東和平努力に)弾みをつけることになるかもしれない。〉
(注)that impetus : 中東和平努力を促進する働き。

(〔注7−65〕 了)

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