日本の会計基準を信頼しますか

実証的検証

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はじめに


証券監督局国際機構(日本の大蔵省や米国の証券取引委員会(SEC)などで構成される各国の証券監督局の機構(International Organization of Securities Commissions,通称 IOSCO)は、1993年、国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee,通称 IASC)に対し「国際会計基準(International Accounting Standards, 通称 IAS)」を承認するための条件として、40項目に及ぶ核となる会計基準(コア・スタンダード Core Standards)を完成することを要求した。国際会計基準委員会は、当初1998年3月を完成を目標に掲げて設定してきていたが、金融商品の時価会計が3月までに各国の合意に至らず日程を延長し、1998年末までに暫定的完成を急いでいる。

国際会計基準がIOSCOに承認されるかどうかは不明であるが、1998年末までには当初の要求である40項目のコア・スタンダードが完成するので、1999年には注目の舞台はIASCOに移るものと考えられる。


ここで大切なことは、40項目にわたる核となる会計基準(コア・スタンダード)の考え方である。企業の財務情報が適切に開示されるためには、完成した会計基準が必要なことであるということである。一部の個別会計基準だけでは、企業全体としての財政状況、業績等を示すことができないという考え方である。信頼しうる会計基準があって信頼しうる財務諸表が作成される条件が整うのである。それがどういうことを意味しているのかを、以下、日本の会計実務の中から実証的に検証してみたい。


時価会計を先行して適用したケース


東京証券取引所一部上場のある企業が、1998年3月期決算において、取引所の相場のある有価証券の評価基準を、従来の低価法から「有価証券と投資有価証券ごとに、その簿価総額と時価総額とを比較判定する方法に変更」した。有価証券に時価法を適用したのである。

「この変更により、従来の方法に比し有価証券評価損は542,409千円少なく表示されており、また、従来の方法による有価証券評価損557,962千円は巨額の損失として特別損失に表示されるため、経常利益は15,553千円少なく、税引前当期純利益は542,409千円多く表示されております。」という会計処理の変更の記述が見られる。


つまり、従来の方法で低価法で決算を行えば557,962千円の有価証券評価損を計上しなければならないが、評価損と評価益を差引いた純損失15,553千円で計上する方法に変更したので、税引前利益はその差額である542,409千円増えました、ということである。

この会社は、上場会社であるため証券取引法のもとで、有価証券報告書は大蔵省の厳しい審査を通っているということである。


検証・・変更後の評価方法は適切か

変更後の評価方法は、米国が時価法となる前の会計基準で「ポートフォリオ法」と呼ばれる評価方法で、短期保有目的の有価証券と長期保有目的の投資有価証券をそれぞれポートフォリオ(書類入れの意)単位として、帳簿価格の合計と時価の合計を比較して純額損失が出る場合は短期のものについては損益計算書に計上し長期のものについては株主持分から区分掲記して控除するというものである。純額で含み益のある場合は、計上しないというものである。その後この方法は改正され、現在では時価法となっている。


1998年6月16日大蔵省企業会計審議会は「金融商品に係る会計基準に関する意見書(公開草案)」の中で時価法を導入し、2001年3月期より適用しようとしている。適用時期が2001年3月期にしたのは、商法が時価法を認めていないため商法との調整(商法の改正)期間を見込んだものと考えられる。

大蔵省企業会計審議会は、昨年(1997年)6月6日に「金融商品に係る会計処理基準に関する論点整理」を公表して、金融商品の会計処理基準に時価評価を導入することを検討項目として挙げている。
また、日本公認会計士協会は、「特定金銭信託(金外信託を含む)及び指定金銭信託の会計処理(1988年1月19日付)」を公表し金銭信託内の銘柄に関してだけ「バスケット方式低価法」を認めている。


以上が背景であるが、下記の疑問が残る。

1。現行商法では原価法ないし低価法のみ規定しており、結果として評価益549,409千円を計上したことは商法違反とならないのか?。配当可能利益の計算に評価益を除いているのか?。

2。そもそも、「金融商品の会計基準」が一般に認められ成立していない段階で早期適用はありうるのか?。

3。有利で都合の良い会計方法のみを早期適用することは許されるのか?。
評価益に関して「税効果会計」を同時に適用し税金負債を計上しないと利益計上のみとなり片手落ちになる虞がある。評価益を課税所得に含めて未払税金に計上していれば別であるが、不明。

4。企業間比較の財務情報は考慮されたのか。国際会計基準の基礎には、企業間比較を保持することも理念としている。単独で適当な会計方法を外国から借用し適用することが許されるのか?。

少なくとも、有価証券報告書からは上記疑問点は判明しない。判明していることは、大蔵省の有価証券報告書の審査で認められ受理されたという事実である。


不良債権の評価及び有価証券の評価の問題

日本債券信用銀行のケース

98年9月の中間決算を終えた日本債券信用銀行が、98年12月13日に、突如、金融監督庁から実質債務超過であるとして国有化される羽目となった。双方とも、98年3月末年度決算では、自己資本比率は、それぞれ10%および8%強として公表されていた銀行である。

98年12月14日の新聞報道によれば、金融監督庁が検査結果を公表し日本債券信用銀行の98年3月決算時点で債務超過額944億円の債務超過で、有価証券の含み損を入れた実質債務超過額は2747億円ということである。98年3月決算の公表値では自己資本比率8%と公表していた銀行がである。内訳は下記の通りとしている。

98年3月決算の修正内容

自己資本額⇒決算公表数値 4671億円
不良債権償却・引当不足額 5615億円
債務超過額 944億円
有価証券の含み損 1803億円
実質債務超過額 2747億円

金融監督庁と日本債券信用銀行との間で、99年3月期決算予想で、税効果会計の適用の相違を指摘してますが、不良債権の引当金や償却が将来の税金が減少する効果が認められない以上、金融監督庁の「適用はできない」との結論は正しい。「税効果会計」を参照ください。

長期信用銀行のケース

98年3月期の都市銀行、長期信用銀行3行及び信託銀行の決算は、国際決済銀行の最低基準8%(BIS基準)を見事クリアーした。

その後の報道では、株価の低迷もあるが日本長期信用銀行は実質債務超過とのこと、誰も不良債権の引当額が適切であったとは思わなくなっている。

98年10月30日、98年3月末に大手銀行21行に公的資金総額1兆8千億円を注入する際に審査を行った「金融危機管理審査委員会」の議事録要旨が公表された。その中には、「一部の自己査定についてやや甘い」や「引当率が低いものが見受けられた」との意見があったように述べられているとのこと。

98年7月から9月末まで金融監督庁の銀行検査後、10月になって、大和銀行と三井信託銀行の国際決済銀行(BIS基準8%以上)から撤退し国内銀行(同4%以上)への転換の報道は、暗に不良債権の引当不足ないし償却不足を示しているようだ。


日本長期信用銀行に止まらず、@ 不良債権の引当て問題、A 有価証券の時価評価の問題が真剣に議論のまとになっているが、一向に適切な財務情報の開示について具体的な議論はない。

会計の問題は、会計基準を充実して信頼できる財務諸表が提供できる仕組みがなければならないのである。監査は、会計基準に準拠して適切に情報開示されているかどうかに関して意見を述べるものであり、基礎となる会計基準の充実が必要不可欠なのである。

会計基準と監査の問題は明確に区分すべきものである。双方とも重要な問題で整備・確立する必要がある。


銀行業界が、不良債権の引当に関し「税効果会計」の早期導入を求めているのも重要な要素である。会計上の損失だけを計上することを求めても、関連する法人税等の金額も連動して関連しており、時価会計だけではなく税効果会計も併せて必要なのである。


実態を示した信頼しうる財務情報を提供するためには、個々の会計基準ばかりでなく、全体として整合性のある会計基準,いわゆるコア・スタンダード(核となる会計基準)が必要なのである。

部分的に導入し経過措置で段階的に適用する方法は、財務諸表の読者に理解しがたいものになったり誤解を与える虞が多分にある。

2001年3月期の決算でも不良債権処理問題は山を越えず、2002年3月期には金融商品の時価会計および再度不良債権処理損失で主要金融機関は赤字決算に転落すると予想されている。「不良債権」参照

自己資本を増加ないし減少させない方法


護送船団方式による銀行行政に漬かってきた金融機関にとって国際決済銀行であることは重要なことである。そのためには、自己資本をいかにして膨らませるか苦心のいる所である。過去の実績でいえば、金融機関を監督する行政は、つぎのようなことを行ってきた。


金融機関に関し不良債権に対する貸倒引当金の積増しを要求しなかった(自己資本減少の猶予)、有価証券の原価法と低価法の選択適用を認める(含み損計上の猶予)、土地の時価法による再評価額計上を認める(自己資本増加のため、98年3月期と99年3月の2年間だけの限定)、税効果会計の99年3月期よりの前倒し適用、これらはすべて銀行の自己資本を増加あるいは含み損を計上しない方法である。このような会計に関する考え方は、民間事業会社の決算にも少なからず影響を与え、モラルを低下させている。

会計基準を政策目的で利用しようとするのは日本特有の考え方である。 ルール(会計基準)と政策は別問題である。企業の実態を示そうとする会計基準(会計基準の設定)と、実態を知って政策を実行(政治または行政)することを明確に区分しない限り日本の会計基準はグローバルにはならない。 会計基準の問題と政策とは明確に区分されなければならない。 別稿「国際会計基準・ホームページに見る動向・」を参照してください。

ちなみに、自己資本を減少させる下記の会計基準は無視されている。つまり、都合の良い基準を適用するつまみ食い状況にある(政策的に使われる)。

項目 費用(自己資本減少)繰延べの内容
不良債権の引当金、債務保証損失引当金、製品保証引当金等偶発損失の引当 現行、不良債権の評価基準は十分ではない。現行の会計基準(企業会計原則注解18に規定)では、十分な引当がされるようになっていない。同様に、債務保証損失など債務保証に関して生ずる損失についての引当も十分とは言えない。
一般に、こうした引当を偶発損失といい引当の計上を規定しているが、バブル崩壊後こうした引当金が十分に引当てられてこなかったことが、決算後倒産した企業の財務諸表が債務超過であることの原因であることが判明している。
退職給付の会計 現行、退職給与引当金は税法基準の40%で引当ることも認めている。40%の根拠は、バブル崩壊以前の割引率による現在価値という説を盲信している結果で、現在のように割引率が低いと現在価値の負債は膨らむが、沈黙を守り議論されていない。

98年6月16日、大蔵省企業会計審議会は、「退職給付の会計」に関する意見書を公表した。退職給付について企業年金を含めて現在価値で測定した退職給付債務を計上することを提言している。適用時期は2001年3月期からで、適用初年度の債務について一括計上を求めず、経過措置として15年以内の一定の年数で按分して経費処理できるように措置することを提言している。ちなみに、国際会計基準は5年内としている。
金融商品の時価会計 現行、株価低迷により含み益がないばかりか、含み損が明らかになると原価法の適用を認める(実質は行政指導的に作用している)。
98年6月16日、企業会計審議会は「金融商品の会計基準(98年6月16日の草案)」を公表した。意見書によれば、時価会計を2001年3月期より導入することとなっている。不利な会計基準は早期適用を遅らせるということである。

個々の会計基準は正しいとしても、つまみ食いで会計基準を適用すれば、企業全体として適切な財政状況および業績を示すことにはならない。企業全体として財政状況および業績を適切に開示しようとすれば、国際会計基準のように40項目にのぼるコア・スタンダード(核となる会計基準)が必要となるのです。

レジェンド(警告文)の挿入を求められる証券取引法の財務諸表

日本の会計が信頼を失い「日本の証券取引法及び会計基準で作成し、日本以外の国で通用する会計基準で作成したものではない」下記英文参照)という主旨の文章を記述させられるいわゆるレジェンド(警告文)を挿入することになった背景には、日本の閉鎖性による国際的動向に鈍感なことからであろう。書かされる企業の問題ではなく日本の会計制度の問題である。会計基準の未整備によって不利益を被るのは、信頼を得られない企業であり、正確な情報を入手できない投資家(財務諸表利用者)である。

1. SUMMARY OF SIGNIFICANT ACCOUNTING POLICIES 重要な会計方針の一覧
(a) Basis of presentation 表示の基礎
Nissan Motor Co., Ltd. (the "Company") and its domestic subsidiaries maintain their books of account in conformity with the financial accounting standards of Japan, and its foreign subsidiaries maintain their books of account in conformity with those of the countries of their domicile.
The accompanying consolidated financial statements have been prepared in accordance with accounting principles and practices generally accepted in Japan and are compiled from the consolidated financial statements filed with the Minister of Finance as required by the Securities and Exchange Law of Japan. Accordingly, the accompanying consolidated financial statements are not intended to present the consolidated financial position, results of operations and cash flows in accordance with accounting principles and practices generally accepted in countries and jurisdictions other than Japan.

なお、原文を確かめたい場合は、日産の英文財務諸表(Annual Report)をインターネットの英語版日産サイトからPDFファイルで入手してください。当然ですが、レジェンドの警告文は「日本の証券取引法に基づいた財務諸表を外国人用に英訳した財務諸表」に記載されているのであり、SEC登録会社の米国会計基準で作成している会社の財務諸表にはありません。誤解がありませんように・・英文財務諸表を和訳した財務諸表では資生堂のアニュアルリポートがあります。

また、住友電気工業(株)の英文財務諸表(Annual Report)にレジェンドがはずされたと話題になっていますが、英文財務諸表の注記1に「日本の会計基準は米国とは異なっている」旨の記述があり、注記15では「米国会計基準との差異調整表と差異説明」が開示されています。米国SECが米国での上場の際に外国会社に求めている「米国会計基準(US GAAP)とそれ以外の会計基準との調整表の開示」と同じ形式となっています。通常は、手間が同じ事や二重開示でミスリード(誤解)を避けるために、米国会計基準の財務諸表を作成するのが一般的です。

平成12年6月29日、大蔵省の「企業会計基準設定主体のあり方に関する懇談会」では、「現在、わが国会計基準は、企業会計審議会においてここ数年精力的に改訂がなされ、諸外国に比べても遜色ないものとなってきている」と記している。しかし、米国五大会計事務所が実務の上で日本企業の証券取引法で作成した財務諸表にレジェンド(警告文)が付されるのは、何故なのか。
官僚と学者主導の企業会計審議会と五大事務所の国際的な視野に立脚し現実に直面する実務家の現実的対応による警告文の違いは、両者の会計に対する基本的認識に違いがある。グローバル化しつつある資本市場にとって不幸なことである。

参考:「日本の会計と国際会計基準の相違点」参照
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証券監督者国際機構とコア・スタンダードについて

(International Organization of Securities Commissions;IOSCO)

1993年、IOSCOは、国際会計基準が包括的な基準として承認するためには、「国際的な公募および上場をする企業の会計基準(コア・スタンダード・・核となる基準)として必要な構成をもち完成したものであること」を条件として、具体的には下記の40項目にのぼる個別会計基準(コア・スタンダード)の完成を国際会計基準委員会(IASC)に要求した。

証券監督局国際機構が投資家保護のために、財務情報が下記の基準が完成しすべてに従って作成される場合に初めて適切な財務情報の開示ができると考えたものである。

当初完成を1998年3月としていたが、金融商品の時価会計など各国の合意がえられず1998年中の完成を目指している。1998年12月IAS39号「金融商品:認識と測定」の時価会計が承認されて完成した。

40項目のコア・スタンダードの内容と、完了した国際会計基準(IAS)は次の通りである。
なお、下記のIASとは国際会計基準書(International Accounting Standards,通称IAS)を指し、成立した正式な会計基準書である。詳細は「国際会計基準」をご覧ください。会計基準とは何か、は「インフラとしての会計基準」をご覧ください。

コアスタンダードと完成したIASとの関係
1998年12月16日、IASが完成

1995年設定のコア・スタンダード 現行IAS (最終改正年)
会計方針の開示 IAS 1(1997年)
会計方針の変更 IAS 8(1993年)
財務諸表に開示する情報 IAS 1(1997年)
損益計算書関係:
収益の認識 IAS 18(1993年)
工事契約 IAS 11(1993年)
生産および仕入原価 IAS 2(1993年)
減価償却 IAS 4(1974年)&
IAS 16(1998年)
資産の欠損(Impairment) IAS 36(1998年)
税金 IAS 12(1996年)
10 臨時項目 IAS 8(1993年)
11 政府の補助金 IAS 20(1982年)
12 退職給付 IAS 19(1998年)
13 その他の従業員給付 IAS 19(1998年)
14 研究開発費 IAS 38(1998年)
15 利息 IAS 23(1993年)
16 ヘッジング IAS39(1998年)
貸借対照表関係:
17 有形固定資産 IAS 16(1998年)
18 リース IAS 17(1997年)
19 棚卸資産 IAS 2(1993年)
20 繰延税金 IAS 12(1996年)
21 外国通貨 IAS 21(1993年)
22 投資 IAS 39(1998年)
23 金融商品/簿外貸借対照表項目 IAS 32(1998年)&
IAS39(1998年)
24 ジョイントベンチャー IAS 31 (1990年)
25 偶発事象 IAS 37(1998年)
26 後発事象 IAS 10(1974年)
27 流動資産および流動負債 IAS 1(1997年)
28 企業結合(営業権を含む) IAS 22(1998年)
29 研究費・営業権以外の無形固定資産 IAS 38(1998年)
キャッシュフロー計算書:
30 キャッシュフロー計算書 IAS7(1992年)
その他の基準:
31 連結財務諸表 IAS 27(1988年)
32 超インフレーション経済下の子会社 IAS 21(1993年)/
IAS 29(1989年)
33 関連会社と持分法 IAS 28 (1988年)
34 セグメント報告 IAS 14(1997年)
35 中間財務諸表 IAS 34(1998年)
36 一株当たり利益 IAS 33(1997年)
37 関連当事者の開示 IAS 24(1994年)
38 事業部門の廃止 IAS 35(1998年)
39 基本的誤謬 IAS8(1993年)
40 見積もりの変更 IAS8(1993年)


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 公認会計士 横山明

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TEL:047-346-5214 FAX 047-346-9636