第七章 開かれた世界から
第6節 何が曖昧なのか

その六 文形式B中の分詞句の「法[mood]」

文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)第六章第4節「その五」参照)

   文例(7―29)(No wires protrude from the body, making the device relatively unobtrusive and reducing the risk of infection.第七章第6節「その五」参照 )をその一例とする文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…+,分詞句.)中の分詞句の場合、その暗黙の主辞の在り方の特性は、分詞句を覆っている時制や法を判定する[7−71]に際しての手順についてある程度「公準」を語ることを可能にする第七章第6節「その四」参照)

   しかしながら、文形式B及び文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)(第六章第4節「その三」参照)中の分詞句の場合、その暗黙の主辞の在り方は文形式A中の分詞句の場合とは微妙に異なっており、そしてそのことに起因するこれらの形態の分詞句特有の事情を指摘し得るがゆえに、文形式A中の分詞句の場合と等し並に「公準」を語ることは控えざるをえなくなる。暗黙の主辞に対する並置分詞句(即ち暗黙の主辞を非制限的に修飾する名詞修飾要素である分詞句)にとって、その暗黙の主辞である名詞句の傍らという位置、具体的には名詞句の直前直後の位置はいわば文字通り標準的な位置であり、こうした位置に置かれた「カンマを伴う分詞句」に展開されているのは一般的に、その暗黙の主辞である名詞句について現に語り得る(と話者に判断されている)ことがらの一端である(第六章第4節「その一」〜「その五」参照)。それゆえ、母節内に明示されている法が「法助動詞・法副詞・法形容詞などの法表現による法」である場合、こうした分詞句に、法の網が及ぶことは極めて稀であり、時には時制の網でさえ及ばないことがある。先に第七章第6節「その三」、孤立した発話"This monkey, trained properly, will be able to do a lot of tricks."――この-ed分詞句に if を標識とするような論理的関係を読み取らせたいのであれば、"if trained properly"と表現すべきであることは既に述べたが、if を欠いたままであれば、これらの-ed分詞句はせめて文頭の位置に置かれるべきである――を敢えて、"This monkey, which is trained properly, will be able to do a lot of tricks."〈この猿はきちんと仕込まれており、いろいろな芸ができるはずだ。〉と読み、やはり孤立した発話"Used economically, this tube will last a month."[7−66]参照)を敢えて、〈(現に)節約して使われているこのチューブは1か月は持ちます。〉[This tube is used economically, and/so it will last a month.]と解したのはこうした事情を指摘し得るがゆえである。文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)及び文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)中の-ed分詞句の場合、直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられるような例(文形式Bの例は([7−66]、文形式@の例は[7−65]参照)が極めて稀であるという判断が導かれるのも同じ経緯による。

   文形式B及び文形式@中の分詞句の場合、母節中に明示されている時制の網さえ及んでいないことがある。

(7―30)
Founded in 1968 and renamed in 1996, IPR is an interdisciplinary public policy research facility that sponsors, supports, and stimulates social science research on public policy issues, many of which have special relevance to our cities.
〈1968年設立、1996年の改称になるIPRは、学際的公共政策研究機関であり、公共的施策の諸問題に関する社会科学研究を後援、援助、推進しており、それら諸問題の多くはわが国の都市と特に関連性のあるものである。〉
(A little about IPR, IPR[Institute for Policy Research] ) (Northwestern University内の頁)

   分詞句"Founded in ......"には、その暗黙の主辞"IPR"について常に語り得る(と話者に判断されている)ことがらの一端が展開されている。ここでは、文頭に位置する分詞句"Founded in ......"の代替表現として、非制限的関係詞節が用いられても、"IPR"の直後に位置する分詞句が用いられても、そこに展開されているのはやはり、その暗黙の主辞の通時的属性第五章第3節参照)の一端である。以下に示す代替文中に見る非制限的関係詞節と分詞句には、当然のことながら、母節内に明示されている時制の網すら及んでいない。

(7―30a)
IPR, founded in 1968 and renamed in 1996, is an interdisciplinary public policy research facility ...... (類似文例は[6−27], [7−54]参照)

(7―30b)
IPR, which was founded in 1968 and renamed in 1996, is an interdisciplinary public policy research facility ......

   先に、文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)中の分詞句の場合、その暗黙の主辞について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端が展開されている分詞句は直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられる(文例は[7−66]参照)ということ――これはつまり、母節内に明示されている「推量の各種法表現による法」の網に覆われている分詞句は直接的条件を表すif 節に置き換え得るという感じを与えることがある、ということでもある――を指摘した。しかし、このことは、母節内に明示されている「種種の法表現による法」の網に覆われている分詞句は直接的条件を表すif 節に必ず置き換え得るということと等価ではない。直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられるのは、分詞句に展開されているのがその暗黙の主辞について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端である場合なのである。以下に示す文形式Bの文例(7―31)中の分詞句については、既述のように、(母節内に明示されているのが「種種の法表現による法」である場合)法の網が及ぶことは極めて稀であるがゆえに、その法を判定するに際して幾ばくかの曖昧さを体験することになる。

(7―31)
Traveling faster than a rifle bullet, the plane can traverse the Atlantic in half the time of a 747-- a feat matched only by the most advanced military jets.
〈ライフルの弾丸より速い速度で飛行する(ことのできる)この航空機は、大西洋を(ボーイング)747の半分の時間で横断できる。最新の軍用ジェット機にしか太刀打ちできない芸当である。〉
(The crash will hasten the Concorde's demise By Phillip J. Longman, U.S. News.com, 8/7/00)

   ここで体験する曖昧さは、具体的には、文頭の分詞句"Traveling faster than ......"には"can"を標識とする法の網は及んでいないという判断も許容される可能性はあるが、この"Traveling faster than ......"は"can"を標識とする法の網に覆われているという判断の方が妥当であろうという形で現象する。後者の判断の方をより妥当であると見なすのは、一つには、この分詞句に展開されているのはその暗黙の主辞"the plane"(「コンコルド」)について現に語り得る(と話者に判断されている)ことがらの一端、つまり「コンコルド」の性能の一端であると(この発話に関わる脈絡をもとに)判断し得るからであり、一つには、(7―31)(文形式B)の代替表現として(7―31a)"The plane can travel faster than a rifle bullet, traversing the Atlantic in half the time of a 747 ......"(文形式A)を見出せるからである。かくして、"Traveling faster than ......"は、母節内に明示されている「法助動詞による法」の網に覆われてはいても、直接的条件を表すif 節に置き換え得るわけではない(「ライフルの弾丸より速い速度で飛行すれば/飛行できれば、この航空機は大西洋を747の半分の時間で横断できる」は誤読である)。そして、代替表現(7―31a)中の"traversing the Atlantic ......"のように、文形式A中の分詞句の場合には、その時制や法を判定するに際してある程度「公準」第七章第6節「その四」参照)に依拠することが可能となる。

   また、文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)中の-ing分詞句が、母節内に明示されている「推量の各種法表現による法」の網に覆われており、なおかつ直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられるような事例は、-ed分詞句の場合にもまして稀である[7−72]。以下に示す文例(極めて稀な例である)の場合、-ing分詞句は母節内に明示されている「法助動詞による法」の網に覆われてはいても、直接的条件を表すif 節に置き換え得るとは感じられない。-ing分詞句の代替表現は直接的条件を表すif節というよりむしろwhen 節に見出されることになろう。

(7―32)
Years from now, reading our e-history books in the comfort of our networked pods, we might hazily recall 1999's rollicking bull market or whizzy new cell phones.
〈今から何年も後、通信網につながった装置に囲まれた快適空間の中でデジタル史の書物を繙く私たちは、1999年の大はしゃぎの上げ相場や優れものの新型携帯電話のことをぼんやりと思い出すことになるのかもしれない。〉
(Time digital 50, Time Digital, Wed., Sept. 29, 1999)

   この例の場合、分詞句を覆っている法を判定しようとする受け手は、母節内に明示されている法とは別のある標識によっても、特定の方向へと誘導される。受け手による法の判定を、法助動詞"might"とともに誘導している特別な標識"Years from now"はおそらく、文形式@(S[=分詞の暗黙の主辞]+,分詞句,+V….)中の-ed分詞句を覆っている法に曖昧さを残さぬように置かれている"if"と同じように、分詞句を覆っている法の曖昧さを極力解消することを狙って話者がわざわざ設置した標識であり、話者の狙い通り、法にまつわる曖昧さは十分に解消されている[7−73]。繰り返すが、文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)中の分詞句が母節内に明示されている「種種の法表現による法」の網に覆われることは極めて稀なのである。

(7―33)
Now, weighing in at 1,263 pages (counting a long, unpaginated index) and 583,313 words, the book could hardly be more intimidating.
〈ところで、頁数では少なくとも千二百六十三(頁表示のない長い索引を数に入れる)、語数では五十八万三千三百十三という分量になるこの書物は、まずこれ以上はないほど人を怖気づかせるであろう。 〉
(注)the book : スティーヴン・ウルフラム[Stephen Wolfram]の新著''A New Kind of Science''。ネット通販で購入した同書を体重計で測ってみると、2.6(キログラム)という数字が表示された。
('A New Kind of Science': You Know That Space-Time Thing? Never Mind By GEORGE JOHNSON, The New York Times ON THE WEB, June 9, 2002)

   分詞句"weighing in ……"に展開されているのは、"the book"の物性的特徴であり、母節内に明示されている"could"を標識とする法の網は分詞句には及んでいない。 

  

(第七章 第6節 その六 了)


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© Nojima Akira