第七章 開かれた世界から
第6節 何が曖昧なのか

その四 文形式A中の分詞句の「時制」と「法[mood]」

文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句.)第六章第4節「その四」参照)

   ところで、文形式B(分詞句,+S[=分詞の暗黙の主辞]+V….)第六章第4節「その五」参照)中の分詞句の場合、その暗黙の主辞について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端が展開されている分詞句は「直接的条件」を表すif 節に置き換え得ると感じられる[7−66]参照)のとは対照的に、その暗黙の主辞について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端が展開されているという点では変わるところのない分詞句であっても、文形式A中の分詞句の場合、直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられているわけではない。

(7―26)
Though perfectly legal, Stanley's move would be an accounting gimmick, aimed solely at cutting its tax bill.
〈完全に合法的であるが、スタンリー社の移転は会計上の小細工であり、徴収される税金を減らすことだけを意図したものであろう。〉
(注) Stanley : スタンリー・ワークス[The Stanley Works](http://www.stanleyworks.com/)。1843年にFrederick T. Stanleyがコネティカット州ニュー・ブリテン[New Britain, Connecticut]で創業。金槌、ラチェット、ナイフ、釘打ち機などの工具製造企業。
(注) move : 法人所得税[corporate income tax]のかからないBermudaへの移転。
(Editorial : The Bermuda Tax Triangle, The New York Times ON THE WEB, May 13, 2002)

   ここで文頭の"Though"を省略すれば過剰な圧縮が生じ、野放図な曖昧さを招き入れかねないという点はさておき、先に、ここに見るような文末に位置する-ed分詞句は直接的条件を表すif 節に置き換え得ると感じられているわけではない、と一応述べはしたのだが、より適切な言い方をすれば、もし日本の学校英文法が、文形式A中の「カンマを伴う-ed分詞句」の文例のかくもの貧困[4−6], [6−1]参照)という偸安に浸っていなかったとしたら、文例(7―26)の場合でも"aimed solely at …."はif 節に置き換え得ると感じられ、「完全に合法的なものであるにせよ、スタンリー社の移転は、徴収される税金を減らすことだけを意図しているのであれば、会計上の小細工ということになろう。」という読解が成立していたかもしれない(こうした日本語訳には受け手が抱えている「解読への衝迫」([7−61])が透けて見えるにせよ、このような日本語への置き換えはもちろん読み違いではない)(「日本語への置き換え」については第五章第3節)。

   ただ、この-ed分詞句についても、そこに潜む論理的関係という点では、既述のように、身構えて解読に臨むには及ばない程度の曖昧さを体験し得るに過ぎない。(7―26)中の文末の-ed分詞句に何かしらの曖昧さを感じるとしたら、分詞句と母節の関係の在り方をめぐってではなく、-ed分詞句"aimed solely at …."の「法[mood]」をめぐってであるはずだ。このことは例えば、「完全に合法的なものであるにせよ、スタンリー社の移転は、徴収される税金を減らすことだけを意図しているのであるから、会計上の小細工ということになろう。」という読解例を考えてみると分かる(このような日本語への置き換えは誤読である。「スタンリー社の移転は、徴収される税金を減らすことだけを意図した会計上の小細工ということになろう。」は微妙である[7−23]。更に本章第2節参照)。"being"で始まる《分詞構文》が「〜なので」と解読されるのはある種の約束事であり、「過去分詞」で始まる《分詞構文》については"being"の省略(あるいは補充)が語られることもある[7−10]及び第七章第6節「その二」で高梨健吉『総解英文法』から引用した【考え方】参照)のであれば、「…を意図しているのであるから」という読解のいずこに問題とすべき点を見出せるというのか。

   しかしながら、(7―26)という孤立した発話をもとに読解を進める――現実的には、よほどの事情通でない限り、極めて困難であろう――場合でも、この-ed分詞句に展開されているのが、その暗黙の主辞"Stanley's move"について現に語り得る(と話者に判断されている)ことがらの一端(「徴収される税金を減らすことだけを意図している」)であるとすれば、そのような"Stanley's move"は「会計上の小細工である」と断じて足りるのであり、とすれば"would"の出る幕はなくなってしまうはずだという判断にまで至り得るかもしれず、次いで、この-ed分詞句に展開されているのは、その暗黙の主辞"Stanley's move"について語り得るであろう(と話者に判断されている)ことがらの一端であるという判断にまで辿りつけるかもしれない。

   なるほどこのような吟味の過程は、受け手側が心して解読に臨んで初めて成り立つもののように思えもするけれども、この発話の読解は、少なくともこの発話に関わる言語的脈絡(この社説全文)を拠りどころにして成立することになる以上、受け手が特に慎重な解読の努力を求められるほどの曖昧さは、実際のところ、法をめぐっても、ここには体験し得ないのである。この形態の-ed分詞句については、既に第五章第3節で示した文例(5−3)をめぐる記述がそのまま当てはまる。

(5−3)
Mr Hull said BMW wanted to move quickly with a sale of Rover Cars, worried that the market would pull its share price down if delays were incurred.
〈ハル氏が語ったところでは、BMW社はローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたが、(同社は)(処理の)遅れが生じれば市場で(自社の)株価の下落を招くのではないかと懸念していたのである。〉
(Phoenix buys Rover Cars for £10 By FT.com Staff, FT.com, May 9, 2000 ) ([1−10]参照)

   この分詞句の暗黙の主辞としてふさわしいのは、単なる"BMW”というよりむしろ、特別の状況下にある"BMW"、「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」、母節全体によってその「特定」が実現されている"BMW"と言える[5−10]

   暗黙の主辞の在り方をこのように吟味することで明らかになるのは、(5−3)中の文末に位置する-ed分詞句は"wanted"を標識とする時制の網に覆われている一方、(7―26)中の文末に位置する-ed分詞句は"would"を標識とする法の網に覆われているということである。「ローバー社の売却に関して迅速な処理を望んでいたBMW社」は「…を懸念していた」のであり、「おそらくは会計上の小細工であろうスタンリー社の移転」は「おそらくは…だけを意図したものであろう」ということである。(5−3)中の-ed分詞句には時制が形態的に明示されていないにせよ、時制という点では、敢えて言い立てるほどの曖昧さがそこに潜んでいるわけではないのと同じように、(7―26)中の-ed分詞句には法が形態的に明示されていないにせよ、法という点では、受け手側に注意深い解読努力を要求するほどの曖昧さがそこに放置されているわけではないのである。こうした考え方をもし「公準」と呼べるとすれば、《分詞構文》の暗黙の主辞を判定する場合[7−68]と同様、文形式A(S[=分詞の暗黙の主辞]+V…,+分詞句.)中の分詞句を覆っている時制や法を判定する場合にも、ある程度「公準」を語り得るということになる。

   以下の例では、文末に位置する-ing分詞句は「命令法」という法の網に覆われている。

(7―27)
Complete the sentences started below, punctuating wherever necessary.
〈以下如き書き出しの文を完成せよ。必要な箇所には句読点を打て。〉
(『現代英語ハンドブック』、11.2 EXERCISES)(斜体・太字と下線は引用者)
Write sentences using the subjects given below, making sure that the verb agree with the subject.
〈以下に与えられている主辞を用いて文を書け。動詞辞が主辞と一致するようにせよ。〉
(ibid, 5.1 EXERCISES) (斜体・太字と下線は引用者)
   以下の例では、文末に位置する-ing分詞句は"will have to"を標識とする法の網に覆われている。

(7―28)
If homeland defense is to be organized effectively, Tom Ridge, President Bush's appointee to head the new office, will have to act as Byrnes did -- cracking the whip over existing organizations rather than trying to take over their work.
〈国土防衛が効率的に組織されるためには、ブッシュ大統領によってこの新設の局を率いるよう任じられたトム・リッジ氏はバーンズがそうしたように行動する必要があろう。既存の各種組織の業務を引き継ごうとするよりむしろそうした組織を叱咤する必要があろう。 〉
(注)the new office : 国土安全保障局[the Office of Homeland Security]。
(注)Byrnes : 1943年にFranklin Rooseveltによって戦時動員局[the Office of War Mobilization]長に任じられたジェイムズ・F・バーンズ(元サウスカロライナ州選出上院議員にして最高裁判事[James F. Byrnes, the former South Carolina senator and Supreme Court justice])。
(Small Office, Wide Authority By ERNEST R. MAY, The New York Times ON THE WEB, October 30, 2001) [7−69]

  

(第七章 第6節 その四 了)


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© Nojima Akira