第七章 開かれた世界から
文末に位置し、《分詞構文》との区別を迫られる類の主辞補辞については、主辞補辞が形容詞句更には名詞句([1-5]参照)という形態で出現する場合にも、主辞補辞が分詞句という形態で出現した場合とほぼ同様の記述が、微妙な修正を施されて展開される。ここでの形容詞句(更に名詞句)は、「補足節」という了解に拠れば、カンマを伴う場合には明白な副詞要素であろう。《分詞構文》という了解に拠れば、カンマの有無に応じて、時には主辞補辞が、時には「beingが省略された《分詞構文》」あるいは「同格要素」が見出されることになろう。 「補足節」という了解は次のような記述を展開する。 (He became very quiet.中のvery quietのように、動詞に後続する要素が明白に補辞であるという一端に対し)勾配[gradient]の他端においては、文末の要素は副詞的身分[status]を持つ無動詞節[verbless clause]である。こうした節の場合、その節構造の独立性は抑揚ないし句読点で刻印される。カンマを伴うこれらの形容詞句と名詞句のいずれをも、本稿では、非制限的名詞修飾要素(形容詞句は「並置形容詞句」、名詞句は「並置名詞句」)であると判断する。以下の(7-3)中のカンマを伴う形容詞句についても同断である。 (7-3)同用例辞典は「《分詞構文》という了解」に基き、文例(7-3)を、形容詞(ここでは"unconcerned”)の前の”being”が省略されている例(分詞構文の変形…(2) ”being”が省略されている場合)に分類している([4-6]参照) [7-10]。 CGELが挙げている"She was standing, a picture of innocence."に相当する文例の場合、日本の学校英文法の世界では、「being+名詞句」という形態の分詞句を含む文例 [7-11]を除くと、文末に位置する「カンマを伴う名詞句」は概ね「同格要素」と判断される。以下に引用するのは学習用文法書に見出されるものとしては数少ない例の一つである。というのも、種々の学習用文法書に挙げられている類似文例の場合、文末に位置する「カンマを伴う名詞句」の殆どは、母節全体と「同格」[7-12]の関係にある「同格要素」として出現するからである[7-13]。 (3)同格的な語句が分離している場合この文例に続く《注意》には「一度用いた語に説明を補足したり、またはそれをいいかえるもので、…」(ibid)という解説が示されている[7-14]。ここでは杉山は、文末に位置する「カンマを伴う名詞句」を「同格要素」と判断しているようである[7-15](ただし、名詞句"a huge man with heels together"の直後の「カンマを伴う分詞句」"dressed in his dark suit"をどう判断しているのか、杉山の記述は明らかにしていない)。 本稿では、(7-4)中の「カンマを伴う名詞句」を並置名詞句、即ち、非制限的名詞修飾要素であると判断する(更に、"dressed in his dark suit"も同様に非制限的名詞修飾要素であると判断し、二つの非制限的名詞修飾要素の暗黙の主辞はいずれも一応"He"であると判断する[7-16](本節の以下の記述参照))。しかし、以下の例に見られる「カンマを伴う名詞句」を杉山がどう判断しているのかは、私には明瞭には伝わって来ない。 (4)分離した語句が補語に近い性質を有する場合上記文例①中の名詞句"the best of friends"を主辞補辞であると判断するのは私だけではないだろう[7-18]。 文例②③中の文末の「カンマを伴う名詞句」については、本稿では、並置名詞句であると判断する。②の場合、その名詞句の暗黙の主辞は一応"I"であると判断し得るが、より適切には「長い失業ののち、ある工場に仕事を得、翌朝、その道を胸を張って歩いていった私」である(第一章第4節、第五章第3節及び[1-31], [1-39], [7-3]参照)。「もう一度ひとかどの人間」であったのはそのような「私」なのである。 ③の場合、その名詞句の暗黙の主辞は一応"he"であると判断し得るが、より適切には「罪をつぐない終え、釈放されて、またしゃばへ出た彼」であり、「別人"a changed man"」であったのはそのような「彼」なのである。単なる主辞"I"(あるいは"he")に"once more somebody"(あるいは"a changed man")の暗黙の主辞を見出すことは困難なのである(言い換えると、"once more somebody"は「私」の通時的属性の一端であると、"a changed man"は「彼」の通時的属性の一端であるとは判断し難いのである)。 文例②③中の文末の「カンマを伴う名詞句」の暗黙の主辞は母節全体によって「特定」が実現されている"I"であり"he"であると判断する方がより適切であるという事情は、これらの名詞句は母節の主辞と結びついていると同時に、述辞とも結びついているという感じを受け手に与えることになる。こうした事情が杉山に「同一人物であるにはちがいないが、『~という』や『すなわち』と訳しては、訳文上でも結びつけにくい」と感じさせ、更に、これらの名詞句を副詞要素のように解釈するという道を選ばせることになる。その代償は、これらの名詞句について示されている判断の曖昧さである。 学習用文法書に(7-4)(He was standing at the foot of the bed, a huge man with heels together, dressed in his dark suit. )に相当する文例が挙げられること少なく、文末に位置する「カンマを伴う名詞句」が母節全体と「同格」の関係にある「同格要素」として出現するような文例の方が相対的に遥かに多く挙げられているという事態([7-13]参照)は、後者の類の文例の場合、「カンマを伴う名詞句」の暗黙の主辞について、以上に述べたような慎重な吟味が無用であるという事情と相関的である(母節全体を暗黙の主辞とするような「カンマを伴う分詞句」は極めてありふれており、かなりの頻度で出現することは既に指摘した([1-9], [2-1], [6-5], 特に[6-9]参照)。また、文末に位置する《分詞構文》の文例の数の相対的少なさについては[4-6], [6-1]参照)。 受け手一人一人の了解を試されるのは次のような場合である。 (7-5)(7-5)中の文末の形容詞句については次のように解説される。 述辞形容詞[predicate adjective]は述辞名詞[predicate noun]に対する並置要素[appositive]、即ち、述辞並置要素[predicate appositive]としてしばしば用いられる。(ibid)Curmeは「述辞並置要素」を、主辞との関係を保ちつつ、動詞辞を含む述辞を修飾する、と説明することが普通である[7-19]。つまり、Curme によれば「述辞並置要素」は副詞要素である。しかし、(7-5)についてCurmeが残しているわずかな解説(上記の記述しかないのである)を見る限り、(7-5)中の文末に位置する「カンマを伴う形容詞句」"always ready to lend a helping hand"は並置要素ではあっても副詞要素ではなく、述辞名詞"a good neighbor"について何ごとかを述べる「叙述的形容詞」([1-18]参照)であると判断されている。しかし、(7-5)中の"a good neighbor"について更に何ごとかを語ることはできない[7-20]ということは、一般的に、直感されている。 非制限用法では、関係詞の前にコンマをつける。意味論的には、非制限用法の先行詞は、意昧的に自己完結的な名詞(すなわち、固有名詞・特定名詞句・総称名詞)でなければならない。したがって、次のような非特定的(nonspecific)な名詞句に非制限用法の関係詞節をつければ非文法的である。名詞句"a girl"は(7-5)中の"a good neighbor"と同様、主辞の属性の一端であり、形容詞句に代替可能である[7-21]。ここに示されている直感を明示的に記述すれば、「主辞+述辞[主辞の属性]+,『主辞の属性』の属性」という構造は成立し得ない、ということになる。属性というのはその主体に伴う要素ではあっても[7-22]、「主体に伴う要素として出現している属性」に伴う要素ではないということが、ここで示されている直感の内容である。成立し得るのは, 「主辞+述辞[主辞の属性]+,主辞の属性」という構造である。例えば、"Mary is a girl. She loves jokes."中の"She"は、"a girl"ではなく"Mary"の代替表現である。"Mary is a girl, loving jokes."中の「カンマを伴う分詞句」の暗黙の主辞は"Mary"であり、この分詞句は非制限的名詞修飾要素(並置分詞句)である。同じように、(7-5)中の名詞句"a good neighbor"の暗黙の主辞は一応"He"であり、形容詞句"always ready to lend a helping hand"は"He"に関わる非制限的名詞修飾要素(並置形容詞句)である。Curmeはこの形容詞句を素直に、「主辞との関係を保ちつつ、述辞を修飾する述辞並置要素」([7-19]参照)であると判断すればその記述の整合性を保てたのであり、この形容詞句のために「述辞並置要素」の領域を更に拡張するには及ばなかったのである。 そして各種学習用文法書では(7-4)(He was standing at the foot of the bed, a huge man with heels together, dressed in his dark suit.)に相当する文例が挙げられることさえ少なく、ましてや以下に挙げるような文例が取り上げられもせず、解説が加えられることもないのには、それなりの理由があったのである(文末に位置する《分詞構文》の文例の数が相対的に少ないことも、ここで述べたことと無関係ではない。文末に位置する《分詞構文》の文例の数の少なさについては[4-6], [6-1]参照)。既に述べたように、この種の「カンマを伴う名詞句」についての語りは、「カンマを伴う分詞句」の了解に見合ったものとなるのである。
(7-6) 名詞句"a convert to ….."は、"He"を暗黙の主辞とし、"He"について何ごとかを叙述する名詞句、即ち、並置名詞句である。
(7-7) -ed分詞句"still beloved by teachers there"は、" George's father"を暗黙の主辞とし、これについて何ごとかを叙述する分詞句、即ち、並置分詞句である。「S+be+C[名詞句]+,名詞句(分詞句、形容詞句).」という形態は、並置関係の把握(並置要素はSとCのいずれに対するものであるのかを把握すること)に際して受け手にかなりの緊張を強いることも少なくない形式であるが、カンマが紙魚ではないこと(第一章第5節参照)を、非制限的修飾は関係詞節によって実現されるだけではなく、分詞句や形容詞句によっても実現される場合があること([2-16], [5-1], [5-2], [5-8]参照)を胸に刻んでおけば、重大な誤読が生じることは少ないであろう[7-23]。
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