簿記・会計の歴史的概観

年度へ→ 1770年 1789年 1873年 1929年 1945年 1973年 2000年 2007年
2013年以降 2010年以降
主要な出来事
1492年
コロンブスがアメリカ大陸を発見、大航海時代の幕開けとなった。バスコダ・ガマのインド航路発見(1498年)、マゼランの世界一周(1519年〜1522年)

1494年

イタリアの修道僧ルカ・パチオリLuca Pacioli (1445年頃〜1514年)が49歳のときに「数学・幾何・比例・比率要論Summa de Arithmetica, Geometria, Proportioni et Proportionalita (Everything About Arithmetic, Geometry and Proportion)」を出版し、複式簿記(Double-entry Bookkeeping)をはじめて体系的に紹介した。現在われわれが用いている複式簿記とほとんど差異はない。会計の父と言われる。

参考:南カルフォルニア大学教授ジェイコブ・ソール(Jacob Soll)教授が「帳簿の世界史The Reckoning: Financial Accountability and the Rise and Fall of Nations)」を著し村上章子女史が翻訳してベストセラーになっている。(アマゾン) 原題The Reckoningは「最後の審判日、決算日」を意味し、副題にFinancial Accountability and the Rise and Fall of Nations:財務会計責任及び国の盛衰とあり、国の盛衰を会計が左右した歴史を明らかにしている。ルイ14世の帳簿とフランスの破たんしルイ16世はなぜ断頭台へ送られたのか、そして、21世紀の2008年に起きたリーマン・ブラザースの会計操作にも同じことが根底にあったとしている。会計責任の重要性を説いている。
(井上則雄氏の「簿記の出現」参照)


1600年

英国は、東インド会社(East India Company)を創設。会社はアジアとの取引で多くの独占的権利を得、商業パワーとして英国が立上ることに貢献した。

(井上則雄氏の「株式会社の誕生」参照)

1709年

エイブラハム・ダービィがコールブルックデールに製鉄所を創設。アイロンブリッジ(Ironbridge)でのコークスによる製鉄は産業革命(Industrial Revolution)の重要なステップであった。アイロンブリッジの製鉄は世界最大となり、他の多くの製造業を惹きつけた。

1720年

南海バブル崩壊(South sea bubble collapses)。南海会社が1711年に、スペインの植民地と貿易するため共同株式会社として創設。株価の相場は、財務破綻の噂によって大変動した。投資家は、共同株式会社の持分を失い、破滅させられ、恐慌となった。チャールス・スネル(Charles Snell)によって監査が行われ、会社の取締役の不正を発見した。

1733年

ジョン・ケイ(John Kay)のフライング・シャトル(flying shuttle)。羊毛と綿の布は当初国内のシステムを使用していた。機械化は、手作業の繊維業の工場システムを変えた。最初の発明の一つは、木綿糸を紡ぐためのジョン・ケイのフライン・グシャフトであった。織機の高速化が起こる。このことで綿布生産の速度が向上したが、綿糸の不足が問題となった。そのため、1764年ハーグリーヴズのジェニー紡績機、1769年アークライトの水力紡績機、そしてこれらの特徴を併せ持ったクロンプトンのミュール紡績機が1779年に誕生し、綿糸供給が改良される。それを受けてカートライトが蒸気機関を動力とした力織機を発明し、さらに生産速度は上がった。

1762年

英国の最も古い商業銀行、ベアリングス・バンク(Barings Bank)創設
1769年
ジェームス・ワット(James Watt )が蒸気機関の特許取得。工業化で、繊維工場、製鉄業、その他産業が利用し始めた。

1770-2

英国の製陶業者であるジョサイア・ウエッジウッドJosiah Wedgwood
チャールズ・ダーウィンの祖父(長女スザンナの息子))が、近代原価計算の創始となった。(「ウエッジウッドが近代原価計算の始祖の文献」参照)
1754年に製陶工場を創設し、1772年の恐慌で倒産を回避するため、製造原価の構造、間接費、および市場の構造を研究し、原価計算のパイオニアになり、現在でも彼の会社は生き残っている
しかし、2009年1月世界的な金融危機の中経営破綻し200年を超える歴史に幕を引いた。(ニュース

1773年

ロンドン証券取引所開設。運河、鉄道、その他施設が巨額の資金を必要とした。

1776年

アダム・スミス「国富論」の初版本を著す。見えざる手」(invisible hand)は有名であるが、租税原則も記している。

1789年

アメリカ連邦政府樹立。
革命に勝利し、憲法が批准され、ジョージ・ワシントン初代アメリカ大統領となる。

1792年

24人のニューヨークの仲買人によって「すずかけ協定(Buttonwood Agreement)」を結び、ニューヨーク証券取引所を創設。
NYSEの歴史年表 参照

1825年

最初の商業ベースの鉄道会社Stockton & Darlington Railroad)。

1827年

米国初の商業ベース鉄道会社(The Baltimore & Ohio railroad )がメリーランド州の認可を受ける。

1831年

会計専門家が認められる。英国1831年破産法が、会計士が「公式の受託人("official Assignees")」となることを政府が公式に認めた。

1844年

英国1844年会社法が、正式な登録による業務創設を確立し、すべての上場会社の貸借対照表と勘定の監査をするため年度監査人を選任することを要求した。
(The Development of Accounting into a Profession)by Boston College

1854年

デロイト(Deloitte)会計事務所創設。(後の、ビッグ・エイト8大会計事務所、現4大会計事務所の一つ)
ウイリアム・デロイト(William Deloitte )英国ロンドンに事務所を構える。
Price and Edwin Waterhouse (1849年ロンドン), William Cooper (1854年ロンドン), and William Peat (1867年ロンドン)が続いて事務所を開設した。アーサーアンダーセンArthur Andersen & Co. は後発で1918年にシカゴで創設。

1862年

米国で最初の連邦所得税成立。財務省の下に歳入庁(Internal Revenue )創設。

1873年
明治6年

福沢諭吉が「帳合之法」を出版し、日本ではじめて西洋の簿記を紹介。
Bryant=Stratton=Packard について  Silas Sadler Packard (28 Apr. 1826-27 Oct. 1898),

1880年

英国勅許会計士協会の統計では、創設時の1880年に948人の勅許会計士が記録されている。
英国勅許会計士協会(ICAEW)の歴史  参照

1890年

ハーマン・ホレリスは、1890年のアメリカ国勢調査(Census)を記録するため、表にするパンチカード機械を発明し、the Tabulating Machine Co. を創設。1924年に、International Business Machines (IBM)となる。

1896年

米国では、ニューヨーク州が公認会計士法制定により、初めてCPAの資格を付与し始めた。
1882年に、公共会計士、簿記係、ビジネスマンで会計に興味を持つ人たちが、最初に組織したthe New York Institute of Accounts (NYIA)が創設された。次いで、1886年に、英国勅許会計士と米国の開業会計士のエリート・グループがthe American Association of Public Accountants (AAPA)を創設し、双方の組織は対立した。
1896年の公認会計士法制定後、1897年、新組織”ニューヨーク州公認会計士協会the New York State Society of Certified Public Accountants (NYSSCPA)”が創設された。ただし、NYIAは1940年まで存続した。

(「プロフェッションの誕生」by CPA Journal 1996年の100周年記念の記事より)

1902年

J. P.モーガンは、アメリカで最初の10億ドルの会社、U.S.スチール(カーネギー・スチールを買収した後に)を創った。プライス・ウォーターハウスが最初の監査人に指名された。1903年に初めての監査済み財務諸表が公表された。(”No one stands still in public accounting”参照)

(米国での連結財務諸表の歴史は19世紀後半の「アメリカ連結会計の生成起源と展開過程」by小栗崇資(駒澤大学)が興味深い。当時、製鉄会社や鉄道会社の資金需要が高く、連結財務表を必要としていた。日本の連結決算制度は、米国に遅れること約100年である。)

1904年

米国セントルイスで、米国、英国、スコットランド、オランダ、カナダが参加して初めての会計士世界会議が開催された。(第10回会計史世界会議・2004年 参照)

1909年

米国連邦企業物品税法(Federal corporate excise tax)の成立は、会計士の活躍場面を広げた。

1909年

米ムーディーズ・インベスターズ・サービスの創業者ジョン・ムーディーが米国の鉄道会社約250社が発行した社債をアルファベット(letter rating symbols)を用いて格付けした本を発売した。

1916年

米スタンダード・アンド・プアーズ社が社債および公債の格付けを開始。

1919年

ドイツ経営学の著名な学者シュマーレンバッハ(Prof. Dr. Eugen Schmalenbach)が「動的貸借対照表論(Dynamische Bilanz)」を出版。期間損益計算の関係から貸借対照表を理解する理論を提起した。

1923年

ドナルドソン・ブラウン経理担当役員と議長アルフレッド・スローンの下で、ゼネラル・モーターズが向こう半世紀の間ビッグビジネスによって使われる主な原価計算テクニックを採用し、開発したこと。これは、投資収益、自己資本利益率の計算と柔軟な予算を組むことを含んでいる。

1929年

株式市場は大恐慌(Great Depression)に見舞われた。その結果は、資本主義を守るため連邦規則の整備と支援があった。しかしながら、恐慌は第二次世界大戦でアメリカの参戦まで終わらなかった。

ニューヨーク証券取引所の株価暴落に始まる世界恐慌時には、会計基準は存在しなかった。企業会計は混沌の中にあったことが、株価暴落の原因の一つとも言われた証券市場とディスクロージャー」by大学教授岡田康司

1930年

ジョージ・オリバー・メイ
米国会計の父と言われる)を委員長とする米国公認会計士協会(AIA、現AICPA)の特別委員会は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の株式上場委員会と共同作業に着手し財務情報の開示の改善を目指した。1932年から1934年にかけてAIAとNYSEの両委員会の交換書簡で、AIAの特別委員会は、初めて「一般に認められた会計原則(Generally Accepted Accounting Principles)」の用語が使用され、基本的な五つの原則が明示された。

1933年

ルーズベルト大統領ニューディール政策
1933年証券法1934年証券取引法が、財務会計を含む、金融市場を規制するため、証券取引委員会(SEC)を創設した。基本的なニューディールの構造(例えば、社会保障、銀行業務保険、証券規則)は続けられて、世紀を通して広がった。

1938年

アメリカ公認会計士協会(AIA、現AICPA)の委嘱を受けたサンダース、ハットフィールド・ムーアの3人の教授が纏めた「SHM会計原則」が公表された。第2次世界大戦後の日本の「企業会計原則」に多大の影響を与えたとされるものである。
米国会計基準の萌芽が1938年から始まる・・米国会計基準の生成と発展の概観 参照

1940年

米国会計学会(AAA)の委嘱を受けてペイトン教授とリトルトン教授は、1940年、共著「企業会計基準序説(An Introduction to Corporate Accounting Standards)」を出版し米国会計界に多大な影響を与えた。取得原価基準、実現基準そして費用 収益対応の原則などを論理的に提示した。アメリカにおける動態論を確立した書と 言われ、今日までの会計理論の発展に大きな影響を与えた。

1941年

アメリカ第二次世界大戦に参戦

1943年

アメリカ議会は、戦費を賄うため、高税率の源泉徴収制度を導入。

1945年

昭和20年8月

日本は、第二次世界大戦で敗戦

1948年

「我が国の企業会計制度は欧米のそれに比して著しく立ちおくれているため〜」
企業会計制度対策調査会設置に関する件 (昭和23年6月29日 閣議決定) 参照)

1949年

日本の「企業会計原則」公表  
(「戦後、日本の会計の成り立ち」 「日本における会計・監査制度の歴史」 「企業会計基準法の制定構想」 参照)

1949年5月、東京証券取引所の取引再開が認められる

1950年

IBMが電算機開発開始し、1953年に会計に電算機の使用が可能となる。
IBMの歴史

1950年

日本では、1948年制定の公認会計士法により、1950年には392人の士補を含む会計士が生れた。
欧米の4大会計事務所(ビッグ・フォー)の誕生の1850年頃から約百年後である。

1953年

米国、最初の「一般に認められた会計原則(GAAP)編纂」
会計手続委員会(CAP)は、以前に公表した声明書をまとめ成文化した会計調査広報ARB 43号を出した。歴史的原価概念を基礎とした基本的な会計概念が、公認会計士によって開発されて、財務会計の多くの基本的手続きが公認会計士の声明書に基づいていた。

米国会計基準の生成と発展の概観   米国会計基準の発展(ゼフ教授著)参照

1959年

米国、会計原則審議会(APB)創設。
会計原則審議会(APB)は、会計基準を公表するために会計手続委員会(CAP)を取り替えた。しかし、もとの会計士と同じ多くの欠点に苦しむことになるが、重要ないくつかの意見書を公表した。

1966年

アメリカ会計学会(AAA)が公表の『基礎的会計理論ASOBAT(A Statement of Basic Accounting Theory)』における意思決定有用性“decision usefulness”アプローチ
は、情報利用者の意思決定に役立つ会計情報を考えようとしたものです。(「情報会計の基礎」by清水哲雄教授 参照)

1973年

国際会計基準委員会(IASC)が米国FASB創設の2日前の6月29日に創設された。
(IASBアーカイブ Alexaアーカイブ 参照)

1973年

7月1日、米国、財務会計基準審議会(FASB)創設。
ホイート委員会(Wheat Committee)の勧告に基づいて、財務会計基準審議会(FASB)はAPBの欠点を解くために創設された。それは独立体として創設された(財務会計財団が審議会を選任し、資金を手当てし、監視する)7人の常勤のメンバー、調査スタッフと適正な手順を確立された。今日までに、FASBは150を超える会計基準を公表している

米国会計基準の生成と発展の概観
米国会計基準の発展(ゼフ教授著)参照

1975年

ビル・ゲイツとポール・アレンによりマイクロソフト社を設立。

1976年

初めて成功したパーソナル・コンピュータ。スティブ・ジョッブスがアップル・コンピュータを設立、2年後にアップルUを公表し、初めて成功したパーソナル・コンピュータとなった。

1977年

ドイツで開催された第11回会計士世界会議国際会計士連盟(IFAC)が創設された。国際監査基準公会計基準を設定している

1979年

電子表計算を公表。アップルU用に表計算ソフト「ビジカルク(VisiCalc for the Apple II)」を公表。

1986年

サッチャー首相のもたらしたビッグ・バン(金融市場改革)

1993年

トッシュ・ロス会計事務所とデロイト・ハスキンズ&セルズ会計事務所が合併してできたデロイト&トッシュ会計事務所に、1973年にトッシュ・ロス会計事務所と合併していた等松・青木監査法人が加わり、デロイト・トッシュ・トーマツ会計事務所となる。

(元海軍主計少将Admiral Nobuzo Tohmatsu (等松 農夫蔵氏 海軍経理学校 海軍経理学校の教授陣等) 参照

1996年

金融システム改革(1996年(平成8年)11月橋本総理により指示)・・大蔵省
 
目標〜2001年にはNY、ロンドン並みの国際市場に・・大蔵省 
  日本学術会議が「金融ビッグバンの根底にあるもの」を検証し平成11年12月に公表・・効果がないと指摘

1998年

12月、国際会計基準第39号「金融商品:認識と測定」の公表で、証券監督者国際機構(IOSCO)が求めていたコア・スタンダード(核となる基準)が完成した。

2000年

欧州委員会は、2005年までに国際会計基準を域内のすべての上場会社に適用する方針を公表

2000年

会計ビッグバンにより、日本の証券取引法の財務諸表を「連結財務諸表」を中心とする制度に変更

証券監督者国際機構(IOSCO)がメンバー国に国際会計基準の承認決議をする(IOSCOのプレス・リリース参照)
金融庁は、IOSCOの承認決議は法的拘束力がないとして国際会計基準の無視を方針とする。⇒2009年6月にIFRSを容認することになる

大蔵省「企業会計基準設定主体のあり方(論点整理)」を公表、2001年7月に金融庁の公益法人として企業会計基準委員会(ASBJ)を創設。

2001年

12月、アーサー・アンダーセン会計事務所が監査していたエンロンが会社破産法申請

2002年

6月、アーサー・アンダーセン会計事務所は司法妨害で有罪。8月31日SECに監査の資格を自主的に返還し消滅

7月30日、サーベンス・オクスレー法がブッシュ大統領の署名により成立

2002年

米国財務会計基準審議会(FASB)
と国際会計審議会(IASB)は基準を収斂させることで合意

2004年

サーベンス・オクスレー法404条による「財務報告に関する内部統制の監査」が開始された。

2005年

欧州連合(EU)25カ国のすべての上場会社7千社が、国際会計基準(IFRS)適用で情報開示する。

2005年

4月、米国SECは、少なくとも2009年までに欧州連合(EU)の企業に「米国基準との差異調整表」を解消すべく国際会計基準(IAS/IFRS)に収斂させることでEUと合意。”Roadmap

国際会計基準の適用状況 ・・約100カ国が国際会計基準を適用ないし適用を許容している。日本は許容していない。

 ちなみに、カナダも2011年に自国会計基準を放棄して国際会計基準とすることが決まった。

・欧州連合(EU)の証券規制委員会(CESR)は、EU市場に上場する日本企業に対し、2007年から26項目にのぼる追加的な決算情報の開示を義務付けるよう求める中間報告(138ページ)を正式発表した。ストーリー 参照)

2006年

中国国際会計基準に類似した新たな会計基準を2007年1月から上場会社に適用することに合意した。「2007年適用の39の新会計基準のインデックス」を公表した。財務省は、国際基準に類似した48の新たな監査基準も採用したと伝えている。

2006年

大西洋をまたいで、ニューヨーク証券取引所とユーロネクスト
対等合併で合意したと発表

2007年

粉飾決算をしたカネボウおよび日興コーディアルの監査を担当していたみすず監査法人(旧中央青山監査法人)が人材の流出に歯止めがかからず7月末に解散。

韓国は、2011年から上場会社について国際会計基準を適用(2007年3月15日)
インドが、2011年から国際会計基準に完全に収斂すると発表(2007年7月24日)
日本が2011年6月末までに国際会計基準に完全収斂を約束2007年8月8日
相変わらず、金融庁は内外の企業に国際会計基準の適用を認めていない2007年8月8日
外国会社の英文開示は平成19年度を目途(金融審議会提言2004年6月)
FASBがすべての米国上場会社に改善IFRSの適用を提案2007年11月7日

EUが第三国に2011年12月までにIFRSへ収斂を求めるEU2007年11月14日
SECはIASBが設定したIFRSを適用した場合のみ調整表を免除(2007年11月15日
米国FASBが米国の全上場会社にIFRS適用を提言、会計士協会も支持2007年11月7日

米国
では;
・SECに登録している外国会社に国際会計基準(IFRS)の適用を認める・・これにより米国基準との差異調整表が2008年より不要となる。(当初予定より1年早く、2007年11月15日以降終了する事業年度から認められることになった。SEC速報より)(SEC最終ルール WebCPA 参照)


2008年

日本では、4月以降開始する事業年度より、
経営者による財務報告に係る内部統制の報告書および監査
四半期報告書の開示、
改正リース会計・・日本特有の骨抜きリース会計の廃止、
EDINETのXBRL化・・四半期、半期報告書、年度報告書に適用(米国基準で開示している会社は従来どおりHTMLでよい
日本の連結財務諸表の歴史的概観 参照)

米国
では;

米国SECは、米国上場企業に対し2014年を国際会計基準(IFRS)適用日程(Roadmap)とする案を公表した。具体的には、株式時価総額7億ドルを超える大企業(large accelerated filers約110社)については2年以内の2009年(2009年12月15日以後終了する年度で登録は2010年)のIFRSの早期適用を可能にし2014年から義務化し、株式時価総額7千5百万ドル〜7億ドル未満の企業(accelerated filers)は2015年から、7千5百万ドル未満の中小企業(non-accelerated filers)は2016年からIFRSの適用を義務化する。ただし、2011年にSECは、IFRSの適用が公共の利益および投資家にとって良いのか決定する、として含みをもたせている。(SECのコックス委員長の談話 英文ニュース 日本語ニュース 11月14日SEC公表のロードマップ案 参照)


2009年

欧州連合(EU)では、米国、日本、カナダの会計基準を国際基準と同等と認めるかどうか最終決定され適用初年度。(会計の2009年問題 英文ニュース 「認められる可能性あり」のニュース 金融庁・2008年12月15日新着情報 )
EU改正目論見書(prospectus)に関する指令案により日本の会計基準はIFRS相当と認められ、2009年から日本基準で証券発行できる。ただし、条件として2011年末までにIFRSとの差を無くすこととされている。(下記2008年6月2日改正指令案(8)参照)

(8) In August 2007 the Accounting Standards Board of Japan and the IASB announced their agreement to accelerate the convergence by eliminating major differences between Japanese GAAP and IFRS by 2008 and the remaining differences before the end of 2011. The Japanese authorities do not require any reconciliation for Community issuers which prepare their financial statements according to IFRS.
Therefore, it is appropriate to consider Japanese GAAP equivalent to adopted IFRS from 1 January 2009.

2008年12月12日、米国、日本、中国、カナダ、韓国およびインドの会計基準を欧州委員会(EC)がIFRSに相当と認めた ニュース 参照)

日本では、2009年4月1日以降開始する事業年度から適用

工事契約の工事進行基準の適用が始まる
棚卸資産にLIFO評価は廃止
金融商品の時価表示、2010年3月期より適用
賃貸用不動産の時価開示、2010年3月期より適用

国際会計基準(IASB)では:
EUのIFRS適用初年度(2005年)から4年間の定着期間で”新たな基準設定の一時停止(moratorium)”は2008年に終了し、2009年から、新たな会計基準の設定および改正が再開される。(AICPAのIFRS.com 参照)

GMが、2008年度決算、3兆円の赤字8兆円(861億ドル)債務超過で監査人は継続性に重大な懸念を表明・・2009年6月1日倒産(Bankruptcy)
2009年3月期決算巨額赤字会社20社のリスト(金融危機を発端として日立の赤字7,880億円をトップ・・ニュース参照

証券監督者国際機構(IOSCO)が国際監査基準(ISA)を支持を表明した。  ISAがクラリティ・プロジェクトを完成させた。2009年12月15日以降適用。

2009年


米国SECは、株式時価総額7億ドルを超える大企業(large accelerated filers約110社)については2年以内の2009年(2009年12月15日以後終了する年度で登録は2010年)のIFRSの早期適用を可能にし2014年から義務化(案)を公表した。(SECのコックス委員長の談話 英文ニュース 日本語ニュース 2008年11月14日SEC公表のロードマップ案 参照)

FASBは、FASB Accounting Standards Codification(会計基準法典)を創設して非政府の会計基準の唯一のものとなる。既存の会計基準にとって変わるが変更はない、としている。現在数千ある基準を約90に纏める。2009年9月15日以降終了する事業年度より適用する。(FASB速報 ニュース 参照)

金融庁は、2010年(平成22年)3月期の年度の連結財務諸表から国際会計基準による作成を容認強制適用に当たっては、2015年又は2016年に適用開始。

IASBが4月から最新版IFRS本文」を私用目的にのみ公開し、米国企業や会計士が入手し易くなり、IFRS導入に弾みをつける!
IASBが「中小企業のためのIFRSを公表した。非上場会社の会社法等の法定財務諸表に普及が予想されている。

ドイツ
商法近代化会計法を可決成立し中小企業にIFRSに変わる独自の会計法成立

2010年

日本では、2010年年4月1日以降開始する事業年度から適用
セグメント情報・・マネジメント・アプローチでの開示
企業結合で持分プーリング法廃止、早期適用可
資産除去債務、早期適用可

包括利益の表示・・連結財務諸表先行

金融庁は、2010年(平成22年)3月期の年度の連結財務諸表から国際会計基準による作成を容認
2010年3月期決算、日本電波工業がIFRS適用第一号となる
三井住友FGがIFRSを適用してニューヨーク証券取引所へ11月1日上場、IFRS適用実質第二号。

2010年2月8日、ブラッセルの欧州委員会(European Commission in Brussels )が招いた会計・監査の国際化に関するコンファレンスで、金融庁国際担当河野正道監督局審議官(53)が「日本のIFRS適用の進捗状況」で「Japan’s Roadmap for IFRSs ApplicationについてVoluntary Application From: Fiscal year ending 31 March 2010Voluntary」と強調して説明している。なお、当日のビデオが公開されている。IASBのアプトン氏、SECのチーフ・アカウンタントのエアハルト女史の発表の後、27分頃金融庁の河野審議官が約8分間金融庁の考えを発表している。
2月24日、SECシャピロ委員長が1年延期し2015年からIFRS適用と発表 
IASBトゥイディ議長は2011年6月30日に退任、FASBハーツ議長は2010年9月退任し10月から元E&Yパートナー・シードマン女史FASB議長となる。
 FASBは委員を5人から7人に復帰させる。IFRSのアダプション化で2名減少させていた。

我が国企業による米国基準の使用は2016年3月期で終了について金融庁
2016年3月期までの米国基準使用期限は撤廃案、2011年8月3日(自見金融担当相
畑中龍太郎金融庁長官が、米国SECと歩調を合わせてIFRS適用の延期と、米国会計基準の使用期限を撤廃した。

2011年

 3月11日、M9の東日本大地震・津波で被災、東電福島原子炉津波被災で原子炉水素爆発起こる
  内閣府審議会原子力安全委員会委員長斑目春樹氏発言 参照
 賠償債務未計上の東電財務諸表GC付記し無限定適正意見の監査報告書

東証等決算短信が2011年3月期から個別財務諸表は任意開示となった
2011年3月期決算、HOYA鰍ェIFRS適用第二号となる。

カナダも2011年に自国会計基準を放棄して国際会計基準を適用
韓国は、2011年から上場会社について国際会計基準を適用
インドが、2011年から国際会計基準に完全に収斂すると発表
日本が2011年6月末までに国際会計基準に完全収斂を約束・・適用時期を明示していない
・自見担当大臣の二年前に逆戻りしたIFRS議論(6月30日)

IFRS財団のリエゾン・オフィスを東京に設置公表2011年2月10日

中国が、2011年1月1日以降開始する事業年度から国際監査基準(ISAs)に収斂した基準を適用するとしている。

日本では、2011年年4月1日以降開始する事業年度から適用
会計上の変更、誤謬の訂正、見積りの変更、表示の変更

・11月、オリンパス粉飾決算、1千億円を超える損失の飛ばしが発覚・・不正監査リスク対応監査基準

2012年

AIJ投資顧問が2000億円の年金資産の大半を消失

2012年11月15日国際会計基準(IFRS)の普及を目指すIFRS財団(ロンドン)は、東京事務所の開所式を行った。(IFRSフォーラム  ITプロ 参照)

12月、3年間続いた民主党政権が衆議院選挙で崩壊国民新党の自見金融担当大臣は酷かった

2013

国際会計基準の任意適用会社が増える
ASBJが「エンドースメントされたIFRS(日本版IFRS)」の策定開始

米上場企業会計監視委員会(PCAOB)が新たな監査報告書基準案(294ページ)を公表、監査の新たな時代が到来。
バチカン銀行(ローマ法王庁の財務管理組織”宗教事業協会”、IOR)が126年の歴史で初めてBSを含む年次報告書を公表
バチカン、米2社のコンサルを採用(1社はKPMGが国際会計をコンサル)
「バチカンは小国だが、世界の大国すべてと重要な関係を持っており、財務や会計において最善の慣行や透明性を導入
することは極めて重要だ」と述べた。

2014年

米国SECは、株式時価総額7億ドルを超える大企業(large accelerated filers約110社)については2014年から義務化(案)、7千5百万ドル〜7億ドル未満の企業(accelerated filers)は2015年から、7千5百万ドル未満の中小企業(non-accelerated filers)は2016年からIFRSの適用を義務化する(案)。ただし、2011年にSECは、IFRSの適用が公共の利益および投資家にとって良いのか決定する、として含みをもたせている。(SECのコックス委員長の談話  11月14日SEC公表のロードマップ案 参照) 2010年2月24日、SECシャピロ委員長が1年延期し2015年からIFRS適用延期

金融庁は、IFRSの強制適用については、2015年又は2016年に適用開始。 ・・突如2年延期の議論発生

歴史的汚点⇒ASBJ公表の奇妙な「修正国際基準(案)」(2014年7月31日)・・ASBJは行政からの独立性を失った

2015年

修正国際基準H28年3月期導入2015年6月29日

東芝 不適切会計の発生・・日本企業の典型・・・東芝の久保誠・前監査委員会委員長が、金融庁に対して、同庁の企業会計審議会・会計部会の臨時委員を辞任する意向を伝える。

金融庁が、東芝の監査人である新日本監査法人に21億円の課徴金


2016年

金融庁は国際会計基準の任意適用の開始に伴い、連結財務諸表規則を改正し、米国基準の使用は2016年3月期までに限定したが、2016年3月期までの米国基準使用期限は撤廃案、2011年8月3日

畑中龍太郎金融庁長官が、米国SECと歩調を合わせてIFRS適用の延期と、米国会計基準の使用期限を撤廃した。

編集後記: 1873年(明治6年)に、 福沢諭吉が「帳合之法」を出版し、日本ではじめて西洋の簿記を紹介した頃は、欧米の会計の黎明期といっていい。当時簿記に着眼した福沢諭吉の先見の明に驚かされる。

1949年、日本の企業会計原則は、米国会計士協会の依頼で作成された米国の大学教授の研究論文「SHM会計原則(1938年)」を基礎に作成され、その後、世界に類を見ない日本独自のものが官製(旧大蔵省企業会計審議会・現金融庁)で作成されてきた。日本の会計基準は、国際的には知るものは殆ど無く、国際的な孤立状況を脱するには、国際会計基準に収斂(コンバージェンス)するしかないものであった。

一方、米国では、1929年の大恐慌を反省し1938年の会計手続委員会(CAP)から始まる会計基準の設定により現在の財務会計基準審議会(FASB・1973年創設)へと発展してきている。1973年創設の国際会計基準審議会(IASB)は米国の会計基準設定を範として創設された。

南カルフォルニア大学教授ジェイコブ・ソール(Jacob Soll)教授が「帳簿の世界史The Reckoning: Financial Accountability and the Rise and Fall of Nations)」を著し村上章子女史が翻訳してベストセラーになっている。(アマゾン)


基礎データ:各国の上場会社の数 主要国の会計士の数 各国の国際会計基準適用状況

●「会計・税金・財務情報(ディスクロージャー)」へ
会計基準・財務情報開示の総合情報サイト
日本の会計 国際会計基準と日本の会計の相違点 日本の会計の国際的位置
国際会計基準 国際会計基準の基礎 国際監査基準

公認会計士・税理士 横山明
横山会計事務所
Tel 047-346-5214 Fax 047-346-9636
Skype: akirayokoyama
E-mail: yokoyama-a@hi-ho.ne.jp